大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成9年(ネ)137号 判決

控訴人

有限会社パリス観光

右代表者代表取締役

乙山次郎

右訴訟代理人弁護士

坂元洋太郎

被控訴人

甲野一郎

被控訴人

甲野月子

被控訴人

甲野雪子

被控訴人

甲野次郎

右四名法定代理人親権者母

甲野花子

被控訴人

甲野花子

右五名訴訟代理人弁護士

田川章次

臼井俊紀

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人甲野花子に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、その余の被控訴人らに対し各金五〇〇万円及び右各金員に対する平成八年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

三  この判決第一項1は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、甲野太郎(以下「太郎」という)の相続人である被控訴人らが、太郎を被保険者とする生命保険契約の保険契約者(兼保険金受取人)である控訴人に対し、太郎と控訴人との合意ないし不当利得返還請求権に基づき、控訴人が取得した死亡保険金八〇〇〇万円とこれに対する控訴人が保険金を取得した日の翌日(平成五年三月一日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、被控訴人らの相続分に応じて支払うよう求めた事案である。

原審は、控訴人が取得した保険金合計八〇三八万〇九四九円(八〇〇〇万円を超える部分は入院給付金等)から(1)控訴人が負担した太郎の葬儀費用(2)控訴人が支出した太郎の墓石代金(3)控訴人が被控訴人らの生活費の援助として送金した金員(4)控訴人が支払った保険料の合計九五五万七七四〇円を差し引いた七〇八二万三二〇九円とこれに対する訴状送達の日の翌日(平成八年一月一〇日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、被控訴人らの相続分に応じて支払うよう控訴人に命じたため、控訴人が控訴した。

二  争いのない事実

原判決二1の「争いのない事実」欄(原判決二枚目裏二行目から三枚目裏九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏四行目から同五行目にかけての「訴外亡甲野太郎(以下「太郎」という)」を「太郎」と改める)。

三  当事者の主張

左記1のとおり付加訂正し、左記2のとおり控訴人の主張を補足するほか、原判決二2の「当事者の主張」欄(原判決三枚目裏末行から五枚目裏一行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決の補正

(一) 原判決四枚目裏四行目の「効力を持つ。」の次に「したがって、右合意は、控訴人において死亡退職金規程等が作成されている場合には、保険金を死亡退職金及び弔慰金に充当し、死亡退職金規程等が作成されていない場合には、保険金全額を死亡退職金及び弔慰金として遺族に支払う趣旨と解さなければならない。」を加え、同一〇行目の「第三者の生命保険契約」を「他人を被保険者としその死亡を保険事故とする他人の生命の保険」と、同末行の「第三者」を「他人」とそれぞれ改める。

(二) 原判決五枚目表一行目の「不労利得の目的で利用されることを防ごうとした法律の精神」を「賭博的に悪用されたり、他人の死亡を期待し積極的又は消極的に保険事故を招来したりするおそれを防ごうとした商法六七四条一項の立法趣旨」と改め、同四行目の「無効であり、」の次に「この場合保険金受取人は被保険者の遺族と解すべきであるから、」を加える。

2  控訴人の主張

控訴人は、本件各契約の保険料のほか、太郎及び被控訴人らのために以下の支出をしており、これらは控訴人が被控訴人らに支払うべき金額を決定するに際して斟酌されるべきである。

(一) 太郎の高鍋信用金庫に対する借金の返済 五〇九万一一四六円

(二) 太郎の葬儀費用 一〇三万〇七六一円

墓石代 一五七万円

戒名料 五〇万円

(三) 太郎のゴルフ会員権担保借入の返済 八〇〇万円

(四) 被控訴人らの借家の補修費用 二七万三五五〇円

(五) 太郎の使い込みの補填 二五九万九六九六円

(六) 被控訴人らの生活費の援助 四六〇万円

第三証拠関係

本件記録中の原審及び当審における書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人らの本訴請求は、控訴人が取得した死亡保険金のうち四〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日(平成八年一月一〇日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、被控訴人らの相続分に応じて支払うよう求める限度で理由があるものと判断する。

その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決三の「当裁判所の判断」欄(原判決五枚目裏三行目から一二枚目表六行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目裏三行目の「〈証拠略〉」の次に「〈証拠略〉」を、「〈証拠略〉」の次に、「〈証拠略〉」を、「〈証拠・人証略〉」の次に「(原審及び当審)」をそれぞれ加える。

2  原判決六枚目表九行目の次に改行して次のとおり加える。

「 このように付保規定の写しが徴されるようになったのは、企業が締結していた事業主を保険金受取人とする死亡保険金の支払に関し、その保険金が遺族に全く支払われないことに起因する紛争が発生したため、事態を重くみた主務官庁(大蔵省)が、昭和五八年ころ、保険会社各社に対し、従業員の生命に関する契約でありながら従業員の遺族に全く保険金が支払われないような保険は問題である旨を指摘したことによるものである。」

3  原判決六枚目裏一行目の「次郎の実子であった」を「昭和三〇年一〇月三一日、次郎の非嫡出子として出生し(平成七年一二月一日に死後認知の裁判確定)、以後養護施設や養父母のもとで生育したが、昭和四八年ころから次郎や三郎の仕事の手伝いをするようになった」と改め、同二行目の「太郎は、」の次に「昭和六〇年三月ころ、日向市に家族とともに移り住み、」を、同四行目から同五行目にかけての「委ねられていた。」の次に「なお、太郎の平成三年当時の年収は約一二〇〇万円であった。」をそれぞれ加える。

4  原判決七枚目裏四行目の次に改行して次のとおり加える。

「(五) 三郎が事実上のオーナーである控訴人及びその関連会社(以下「控訴人等」という)の役員(取締役)は、次郎、三郎及び三郎の妻の三名である。

右三名は、右三名を被保険者とし、控訴人等を保険契約者(兼保険金受取人)とする保険(いわゆる「キーマン保険」「VIP保険」「経営者保険」などと称されるもの)にいくつか加入しているが、保険金の全額を控訴人等が取得することに同意している。

右三名がこのような保険に加入している主たる理由は、右三名が控訴人等の借入金について個人保証するなどしており、右三名の死亡によって控訴人等が損害を被ることが考慮されたためである。

(六) 太郎は、前記のとおり控訴人の三店のうち二店の事実上の責任者を務めていた者であるが、控訴人の役員(取締役)ではなく、控訴人の借入金につき個人保証したこともなかった。」

5  原判決八枚目裏七行目から同八行目にかけての「(以下「本件合意」という)」を削る。

6  原判決九枚目表四行目の「(人証略)の供述」の次に「(原審及び当審)」を加え、同八行目の「本件合意」を「前記の合意」と改める。

7  原判決九枚目裏一行目から一二枚目表六行目までを次のとおり改める。

「(一) 本件付保規定の文言からすれば、保険契約者である控訴人は少なくとも太郎が死亡するまでの間に死亡退職金規程等を整備しておくべきであったというべきであるが、太郎死亡当時において控訴人の会社内で死亡退職金規程等が作成されていなかったことは前記のとおりであり、「全部またはその相当部分」という本件付保規定の文言のみでは、遺族に支給されるべき金額を具体的に確定することはできない。

したがって、本件付保規定の趣旨目的、支払を受けた保険金額、本件各契約の保険料及び保険金についての税務上の処理、本件各契約が締結された経緯、控訴人が支払った保険料、太郎の死亡当時の収入その他諸般の事情を考慮し、社会通念上相当と認められる額を決定するほかないと解される。

(二) 本件各契約は、他人を被保険者としその死亡を保険事故とする他人の生命の保険であるから、被保険者の同意がなければ効力を生じない(商法六七四条一項)。このように被保険者の同意が保険契約の効力要件とされるのは、保険が賭博的に悪用されたり、他人の死亡を期待し積極的又は消極的に保険事故を招来したりするおそれを防止するためである。このような商法六七四条一項の立法趣旨と前記認定の本件付保規定が徴されるに至った経緯を併せると、従業員の死亡によって使用者が大きな利得を得る結果となることは、商法六七四条一項及び本件付保規定の趣旨を没却することになり、許されないと考えられる。

(三) 従業員を被保険者とし使用者を保険契約者(兼保険金受取人)とする保険契約(定期保険)の保険料は、全額損金として計上することができるとして、税務上優遇措置がされている。

また、被保険者である従業員が死亡し、その死亡保険金を使用者が受け取り、これを死亡退職金として支払った場合には、その支払額が社会通念上妥当なものと認められる限度で損金として計上することができるとして、税務上優遇措置がされている。

(四) 太郎が本件各契約を締結した理由は、本件全証拠によっても明確でない。

右の点について、控訴人は、太郎が控訴人の宮崎の支店を統括する責任ある地位にあるので、同人の行動によって控訴人が損失を被るような事態が発生したときにその損害を填補することを目的として締結されたと主張する。

しかし、控訴人の右主張事実を裏付ける確たる証拠はなく、また、仮に右のような思惑が本件各契約締結の動機のひとつとして存在していたとしても、従業員の死後に保険金で従業員が使用者に与えた損害を填補するのを肯定することは、商法六七四条一項が防止しようとした前記(二)の弊害を生じさせるおそれがあるというべきであるから、控訴人において保険金の大半を取得することを正当化するに足りる事情とは言い難い。

もっとも、従業員の死亡それ自体によって使用者に経済的損失が生じることはありうるから(代替雇用者の採用・育成費用等)、このような経済的損失を填補するためであれば、使用者が保険金の一部を取得することにも合理性があると考えられ、右の限度で使用者の利益を考慮する限りにおいては、前記(二)の弊害も生じないと考えられる。

また、太郎の意思についてみても、〈1〉太郎は、本件各契約締結当時は、未だ認知されてはいなかったものの、控訴人の代表者である次郎の実子であって、かなりの期間次郎の仕事を手伝うなどしていたこと、〈2〉本件各契約の死亡保険金は五〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円とかなり高額であり、その保険料は控訴人が支払うことが予定されていたこと、〈3〉本件各契約当時、控訴人においては死亡退職金規程等が作成されておらず、また、従業員に退職金を支給する慣行が存在したことを認めるに足りる証拠もないこと等を併せると、本件付保規定の「この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする」との文言のみから、太郎において保険金全額を太郎の遺族が取得しうると期待していた事実まで推認することはできず、その一部を控訴人が取得することは太郎においても容認していたと推認するのが相当である。

(五) 控訴人が支出した本件各契約の保険料は本件(1)契約について一〇八万七九二〇円(昭和六三年六月から平成三年五月まで、三万〇二二〇円×三六月)、本件(2)契約について六六万九八二〇円(平成三年六月から平成五年一月まで、三万三四九一円×二〇月)の合計一七五万七七四〇円と認められる。

それ以外に控訴人が支出した金員のうち、控訴人が被控訴人らに支払うべき金員の決定に際して斟酌するのが相当と考えられるものを、控訴人の主張に即して検討する。

(1) 太郎の高鍋信用金庫に対する借金の返済

証拠(〈証拠略〉)によれば、控訴人は、平成五年四月二八日、太郎の高鍋信用金庫に対する借金のうち五〇九万一一四六円を返済したことが認められる。

(2) 太郎の葬儀費用、墓石代及び戒名料

証拠(〈証拠略〉、原審の控訴人代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は太郎の葬儀費用として一〇三万〇七六一円を、墓石代として一五七万円をそれぞれ支払ったことが認められる(戒名料の五〇万円についてはこれを裏付ける確たる証拠はない)。

(3) 太郎のゴルフ会員権担保借入の返済

控訴人は、太郎のゴルフ会員権担保借入八〇〇万円を返済したと主張し、これにそう証拠として借入金額三八〇万円の借用書二通(〈証拠略〉)を提出している。

しかし、右各借用書のうち一通(〈証拠略〉)の借用書の借主は太郎以外の第三者となっており、太郎が借主であることを裏付ける確たる証拠はない。

また、原審の控訴人代表者本人の供述によっても、控訴人が受け戻したゴルフ会員権は控訴人代表者名義になっているのであり、右ゴルフ会員権の価値を明らかにする証拠もない。

したがって、右の八〇〇万円については、控訴人が被控訴人らに支払うべき金員の決定に際して斟酌することはできない。

(4) 被控訴人らの借家の補修費用

証拠(〈証拠略〉)によれば、被控訴人らは、昭和六〇年三月から日向市内の借家に居住し、平成六年三月をもって同借家から退去したこと、その後控訴人は、家主から右借家の補修費用として二八万一七五六円(消費税込)を請求され、家主に差し入れていた敷金九万円を控除した一九万一七五六円を支払ったことが認められる(なお、右九万円の敷金が控訴人の出捐によるものであることを認めるに足りる証拠はない)。

(5) 太郎の使い込みの補填

控訴人が(ママ)太郎の使い込みの補填として二五九万九六九六円の支払を余儀なくされた旨主張するが、右主張事実を裏付ける確たる証拠はない。

(6) 被控訴人らの生活費の援助

証拠(〈人証略〉、原審の控訴人代表者本人)によれば、控訴人は被控訴人らの生活費の援助として平成五年二月から同年六月までは一か月三〇万円を、同年七月から平成六年八月までは一か月二〇万円をそれぞれ送金したことが認められるが(三〇万円×五月+二〇万円×一四月=四三〇万円)、右金額を超える送金があったことについてはこれを裏付ける確たる証拠はない。

なお、被控訴人らは、右金員は被控訴人らの生活費の援助ではなく、被控訴人花子名義のたばこ小売業を受託していた控訴人が右営業による利益を被控訴人花子に送金していたものである旨主張する。

なるほど、右証拠によれば、控訴人は、パチンコ店の景品としてたばこを取り扱うため、大蔵大臣によるたばこ小売販売業の許可を受けなければならなかったが、代表者である次郎に日本国籍がなかったことから、日本国籍を有する太郎名義で右許可を受けてたばこを取り扱っていたこと、太郎が死亡した後、たばこ小売販売業者の地位は被控訴人花子が承継したことは認められるが、右事実によれば、控訴人が太郎名義でたばこ小売販売業の許可を受けたのは便宜上のことにすぎず、たばこ小売販売のための資本の投下、仕入、販売等はすべて控訴人の計算の計算(ママ)においてなされていたもので、控訴人と太郎との間では、その利益も控訴人に帰属させるとの合意があったと推認できる。

そうすると、太郎の地位を承継した被控訴人花子が控訴人に対してたばこ小売販売による利益の支払を請求できるものとは解されないから、被控訴人花子が右のとおりたばこ小売販売業を営んでいたとの事実は、右送金にかかる金員が生活費の援助であったとの前記認定を左右するものではない。

(六) まとめ

前記(二)(三)の観点からするならば、本件において被控訴人らに支給される額が死亡退職金ないし弔慰金として一般の死亡退職金ないし弔慰金の水準を超える高額のものとなったとしても、やむを得ないというべきであるが、他方、本件各契約締結に際し、本件各契約にかかる保険金の一部を控訴人が取得することについては太郎も了解していたと推認できることは前記(四)のとおりであり、また、控訴人が前記(五)の金員を支出している点も、控訴人が被控訴人らに支払う金額を定めるについて斟酌すべきと考えられる。

これらの事情と前記認定の太郎の控訴人における勤務状況及び収入を総合すれば、本件において控訴人が被控訴人らに引き渡すべき金員は、控訴人が取得した死亡保険金八〇〇〇万円の半額である四〇〇〇万円が相当というべきであり、これを被控訴人らの相続分に応じて按分すると、被控訴人花子が二〇〇〇万円、その余の被控訴人らが各五〇〇万円となる。

なお、本件付保規定からは、控訴人が被控訴人らに保険金を引き渡すべき時期についての合意があったと認めることはできず、他に控訴人と太郎の間で右引渡時期についての合意が成立していた事実を認めるに足りる証拠はないから、遅延損害金の起算点は、訴状送達の日の翌日と解するのが相当である。」

二  結論

以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、被控訴人花子については金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成八年一月一〇日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の被控訴人らについては各金五〇〇万円及び右各金員に対する同日から支払済みまで右割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由がある。

よって、右と異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条を、仮執行宣言について同法二五九条、二九七条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日髙千之 裁判官 野々上友之 裁判官 太田雅也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例